- 2026-07-01
【エブリイDA17系】荷室を100%リビングにする!ルーフキャリア&リアラダー導入計画と大人の物欲カスタム妄想
🛠️【キャリア編】荷室を純度100%の寝室に変える!黒のルーフキャリアで統一感を極める\エブリイの荷室を……

窓、床、屋根、そして電気。 私のエブリイを大人の秘密基地へと変えるハードウェアの計画が、ここまでの記事でほぼ完璧に揃ってきました。
ベース車にエブリイを選び、あぁでもないこうでもないと夜な夜な妄想している今、私の頭の中はすでに次のフェーズへと突入しています。
「この無敵の秘密基地が完成したら、俺は最初にどこへ旅立つべきか?」
それを考えたとき、私の脳裏に鮮烈に蘇ってきたのは、まだ何者でもなかった大学生の頃、リュック一つで飛び出したあの「泥臭くて最高だった旅」の記憶でした。
大学生の頃、私は「青春18きっぷ」を握りしめ、当時住んでいた関西地方から各駅停車を乗り継ぐ大冒険に出ました。
名古屋で途中下車して愛知の同級生と遊び、静岡の小さなビジネスホテルに泊まり、東京では見えた東京タワーにテンションが上がって東京駅からひたすら歩いてみたり(思いのほか遠くて大変でした笑)。水戸では国体か何かの影響で宿がどこも満室で、素泊まりの施設を探すのに死ぬほど苦労したり……。
そんなハプニングを乗り越えて、4日目にたどり着いた本当の目的地が、宮城県の日本三景「松島」でした。
ちょうど国宝・瑞巌寺で【瑞巌寺灯道(ずいがんじとうどう)】というお祭りが開催中で、階段の両端にあしらわれた竹筒の灯籠が、息をのむほど幻想的だったのを今でも鮮明に覚えています。
この松島で、私の旅の引き寄せ力が大爆発しました。
小さな舟で沖に出て島々を海から眺めようとしたところ、受付で「3名以上じゃないと出航しない」と言われてしまったのです。 「ここまで来て諦められるか!」と、20歳の私は、残り2人を確保するために観光客へ決死の「乗船プレゼン」を開始。何人にも断られ、心が折れかけたその時、向こうから2人組の女性(仮にA子さん、B子さん)が。
「この人たちしかいない!」と慎重かつ大胆に、沖から見る島々の素晴らしさを熱弁したところ、なんと快諾!ただ、後から聞けば、2人も最初からその舟に乗るつもりで歩いていたというオチでした(笑)。
東京から来ていた彼女たちと意気投合し、「この後一緒に遊びに行こう!」となった瞬間、B子さんが謎の腹痛に襲われ、あえなく旅は強制終了。残念ながらそこでさよならとなりましたが、今思えばそれも良い思い出です。
翌朝は、「朝日を見ながら地元の美味い酒を飲む」というミッションのために、港で1人、「小僧山水」という地元の日本酒をすすりました。世間に広く出回っていない隠れた名酒だったのですが、朝日に照らされる松島の海を見ながら飲んだあの味は、人生で一番美味い日本酒として記憶に刻まれています。
その後、仙台に移動して七夕祭りと冷やし中華を全力で楽しみ、私の旅はさらにカオスな展開へと進みます。
仙台から名湯・秋保温泉へ向かうためバスを待っていると、私の前に外国人の年配男性1人、女性2人の3人組が並んでいました。
当時、香取慎吾さんの番組のコーナー(ベラベラステーション)で日常英語を詰め込んだ本を読んでいた私は、「よし、試してみよう!」と勇気を出して喋りかけてみたのです。 すると思いのほか英語が通じ、彼らがアメリカ人ツアー客だと判明。そのまま4人でバスに乗り込みました。
しかし目的地に着いた瞬間、トラブルが発生。 彼らのツアーに組み込まれていたバスチケットは、実は「片道切符」だったのですが、彼らは往復だと信じ込んでいたため、運転手さんと大揉めになってしまったのです。 困り果てた運転手さんから「お兄ちゃん、何とか説明してよ〜!」と助けを求められ、私は拙い英語を必死に振り絞って「これは片道切符なんだ」と説明。なんとか理解してもらうことができました。
トラブルを解決したお礼にと、「温泉代を奢るから一緒に入ろう!」と誘われ、お言葉に甘えることに。
しかし、脱衣所で仰天しました。なんとアメリカ人のおじいちゃんが、日本の温泉に海パンを履いて入ろうとしているのです!
「ダメダメ!温泉に海パンはナシだよ!」 「じゃあどうすればいいんだ!?」
私は慌てて、自分の予備のタオルを渡し「これを腰に巻けば大丈夫だから!」と伝えて、なんとか一緒に湯船に浸かりました。国境を越えて裸の付き合いをしたあの温泉は最高でした。 (あがる時に「サンキュー」とタオルを返されたのですが、さすがに見ず知らずのおじいちゃんが腰に巻いたタオルを持ち帰る勇気はなく、こっそり施設のゴミ箱に入れさせてもらったのは、ここだけの秘密です。。。
そんな最高に濃い東北の旅をした翌年、私は日本三景の2つ目である京都の「天橋立」に行きました。 そしてその次の年、最後の「宮島(広島)」に行く計画を立てていたのですが、不運にも直前の台風で宮島が大きなダメージを受けてしまい、旅は断念せよとの通知。私の日本三景制覇の夢は、そこで止まったままになっていました。
だからこそ、確信しています。 私のDIYエブリイが完成したとき、最初に行くべき聖地は、あの松島しかありません。
今度は各駅停車でもなく、宿の心配をすることもない。自分で創り上げた最強の移動式秘密基地に乗って、あの懐かしい松島の地へ行き、当時お世話になったお店に「あの時の大学生です」と挨拶に行く。そして港であの「小僧山水」をもう一度、今度はエブリイの特等席で愉しむ。
その後は、あの時行けなかった広島の「宮島」へとエブリイの舵を切り、何年越しになるか分からない【日本三景グランドスラム(完全制覇)】を達成する。
想像しただけで、もう胸のドキドキとニヤニヤが止まりません! 大人になった今だからこそ、あの頃以上の大冒険を、このエブリイと共に。 俺の秘密基地は、あの輝かしい青春の続きを走るために、今まさに進化を続けています。
みなさんが車中泊で絶対に外せない「人生の聖地」はどこですか?いつかどこかの道の上ですれ違えるのを楽しみにしています!
ご挨拶「変わらないために、変わり続ける」『40代のド直球挑戦記 〜AIと二人三脚で変わり続ける〜』へようこそ!管理人の UmMと申します。私は現在、44歳のいわゆる「アラフォー世代」の男性です。社会に出てそれなりの年月が経ち、会社でもある程度の立ち位置が確立され、良くも悪くも「現状維持」で満足してしまいそうな、そんな普通の40代でした。しかし、ある時出会った【変わらないために変わり続ける】という言葉が、私の心に深く突き刺さりました。周りが成長しようと必死に進んでいる中で、自分だけが「今のままでいいや」と現状維持を選んでいたら、それは相対的に見て「マイナス(衰退)」に向かっているのと同じではないか。今の状況に満足して立ち止まっていたら、いつの間にか周りはドンドン高みへ行ってしまう――。その危機感が、私の背中を強く押しました。【ブログを始めたきっかけ】右も左もわからないけれど、ガムシャラに一歩を踏み出す「40代から、何か全く新しいことに挑戦したい」そう考えた私が選んだのが、このブログの開設でした。しかし、私はWebのプロでもなければ、文才があるわけでもありません。まさに「右も左もわからない」状態からのスタートです。そこで私は、最先端のテクノロジーである生成AI(Gemini)の力を借りて、二人三脚でメディアを運営していくという決意をしました。このブログは、私が一人で書いているものではありません。私の熱い想いやリアルな体験談、そして独自の視点に、AIの圧倒的なリサーチ力や編集力を掛け合わせ、お互いの強みを120%活かしながら「二人」で記事を作り上げています。40代という、普通なら守りに入りたくなる年齢だからこそ、新天地に飛び込む勇気。それを私自身がガムシャラに体現していくプロセスそのものを、このブログに刻んでいます。このブログで発信すること当ブログでは、以下のようなテーマを**「ド直球」**にお届けしていきます。 令和のトレンド考察と未来予測 テレビやSNS、YouTubeで今まさに話題になっている芸能人やエンタメをピックアップ。過去のルーツから現在の輝き、そして「これから僕たちが期待すること」をエモーショナルに深掘りします。 昭和・平成初期の熱いエンタメの記憶 『めちゃイケ』や『学校へ行こう!』など、僕たちの青春を彩ったあの頃の爆発的な熱量を、同世代ならではのリアルな視点で振り返ります。 AIと40代男の二人三脚・奮闘記 全くの未経験から、AIと共にどのようにブログを立ち上げ、壁を乗り越え、成長していくのか。そのリアルな裏舞台や、40代からの新しい知識・スキルの学び方をシェアします。40代の仲間たちへ会社での立ち位置が落ち着いてきた中間管理職の方、業績が安定して現状に満足している営業職の方。「僕たちの青春は、まだ終わっていません」年齢を言い訳にして立ち止まるには、人生はまだまだ長すぎます。40代後半で新天地に飛び込んだアイドルのように、いくつになっても新しい技術を学び、泥臭く挑戦し続ける背中は、絶対に格好いいはずです。このブログが、かつて一緒に熱い平成の時代を駆け抜け、そして今、日々を一生懸命に生きる40代の仲間たちにとって、一歩を踏み出す「きっかけ」や「エール」になればこれ以上ない喜びです。AIという最高の相棒と共に、ド直球で高みを目指して走り続けます。応援よろしくお願いいたします!
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